現在も同盟関係にあるダコタ・
スー族が彼等を「わからぬ言葉を使う人」と呼んだのが訛ってシャイアンと呼ばれるようになった。彼等自身の自称は「我ら同胞」を意味する「Tsets?hest?hese」、または「Dzitsi'st?s」。
言語学では
アルゴンキン語族に属する。スー族とシャイアンの例に漏れず、平原のインディアン部族はそれぞれ独自の言語を持っていて、会話が成立し難いため、平原の部族は独自の「指言葉(
手話)」を発達させていた。言葉を口にせずとも、これで対話ができた。
1878年、南北シャイアン族のうち、北方シャイアン族のダル・ナイフ酋長とリトル・ウルフ酋長が、
ワイオミングの故郷に向け絶望的な逃亡を行った。この逸話は映画「シャイアン」の題材となった。彼らに続く者たちが本来のワイオミングに保留地を認めさせ、現在、北方シャイアン族はワイオミングに、南方シャイアン族はオクラホマに保留地をあてがわれることとなった。