猪苗代湖がある磐梯山南側の表磐梯に対して、北側にあたる旧・檜原(ひばら)村(現・
北塩原村)一帯は裏磐梯とよばれていた。
1888年(
明治21年)7月15日の
磐梯山噴火時に発生した小磐梯の
山体崩壊により、裏磐梯側に12〜15億立方メートルともいわれる岩屑(がんせつ)なだれが起き、長瀬
川とその支流中津川・小野川・檜原川などを埋めて誕生したものである。同時にそれは秋元、細野、雄子沢(おしざわ)の3集落を呑み込み、さらに同年末には旧・檜原本村も水没し、死者・行方不明者数は477人にのぼるなど甚大な被害を残した。その後しばらく数十年は荒涼とした原野のままであったが、
遠藤現夢(遠藤十次郎)・宮森太左衛門・斎藤丹之丞・中村弥六らはここに犠牲者の供養をするとともに、1340haに及ぶ
アカマツや
スギ、
ウルシなど10万本の植林をすすめ、現在の緑豊かな高原として生まれ変わったという。そして戦後、観光開発に伴い
磐梯高原と呼ばれるようになり、
1950年(昭和25年)に一帯は周辺の火山とともに
磐梯朝日国立公園に指定された。山岳道路等はそれ以降相次いで整備されたものである。
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磐梯吾妻レークライン(第二磐梯吾妻道路)は、国道115線の高森地区から入り
小野川湖畔に至る13.1キロの福島県が管理する有料道路。昭和47年10月20日開通。安達太良展望台を越え、大倉川に沿って進むと、秋元湖・中津川が見えてくるが特に紅葉の
中津川渓谷は絶景、やがて荒々しい磐梯山の噴火口が一望できる。
・西吾妻スカイバレーライン(西吾妻道路)は、山形県米沢市
白布温泉(しらぶおんせん)と桧原湖北東部の早稲沢を結ぶ17.8キロの道路。昭和48年7月1日開通。
最上川源流の原生林を縫い、白布峠に出ると磐梯山・桧原湖の眺めがよく
飯豊山も遠くに望むことができる。